インバウンドで地方創生に思うこと

最近よく聞く「インバウンドで地方創生」。
これまで30年あまり、ヨーロッパを中心に世界を旅してきた筆者には奇妙に思えます。

☆「インバウンドで地方創生」の根底にある発想

地方の産業は衰退し、人口が減って、どこの地方自治体も財政的に苦しく、将来は維持困難になる状況にあります。そこで、この数年激増している外国人観光客を地方へ呼び込み、彼らに地方でたくさん消費してもらうことによって、地方経済を活性化しようというものです。

インバウンド観光は、首都圏~富士山~京都・大阪のいわゆる「ゴールデンルート」に集中しているので、これを地方に分散させようということです。

☆発想自体が間違っている

この発想って、どこかで聞いたことがありませんか? そう、1960-70年代の高度成長期の後半に、太平洋ベルト地帯に集中しすぎた産業を地方に分散化することで、国土の均衡ある発展を図ろうとする政策です。

産業の立地は、インフラの整備状況、当該企業が求める労働力の有無、製品・サービスの市場との地理的な距離によって決まります。ほとんどの企業は合理的な基準によって、生産、販売をどこで行うかを決めます。

一方、外国人観光客が日本のどこを旅するかの合理的な基準はありません。個人個人が行きたいところに行くのです。観たいものがあるところ、希望のアクティビティができるところに行くのです。予測は極めて難しいと言えます。

最近、日本人が思いもよらない場所に外国人観光客が集中することが起こっています。例えば、鎌倉の江ノ電の踏切に台湾人がたむろしているのが話題になりました。台湾で人気のアニメの舞台になっているからです。外国で人気の日本アニメの舞台になっているところは鎌倉高校前以外にもいくつかありますが、ここにこれだけ多くの台湾人観光客が集まる合理的な理由を見出すことはできないでしょう。

外国人の最初の訪日観光旅行では有名な観光地が目的地となります。これがゴールデンルートです。イタリアを観光する日本人が、まず、ローマ、ベネチア、フォレンツェといった定番観光地を訪れるのと同じです。

最初の訪問に満足して、二度三度と日本に観光に訪れる人たちの選択肢として初めて地方が浮かびます。但し、必ず選択肢になるわけではなく、地方には行かず、最初の訪問時には時間的制約で行けなかった東京や京都の観光地を次に訪れようという観光客もいます。同じ観光地の深堀りということです。

地方に外国人観光客を呼び込もうとするなら、外国人観光客を惹きつけるコンテンツをアピールし、ないのであれば何をどのように準備するかを考えるが第一歩です。

産業誘致は、道路などのインフラ整備とセットで考えられていましたが、昨今のインバウンド誘客では、ただ「おもてなしするから来てください」だけです。

案内標識を多言語化しようとか、WiFiを整備しようとしているところはありますが、インバウンド誘客にとって本質的なことではありません。案内標識が日本語だけでも、WiFiがなくても、魅力的なコンテンツがあれば外国人観光客は訪れるのです。

☆「おもてなし」では地方に外国人観光客を呼べない

東京オリンピック招致に成功して以来、観光業関係者が「お・も・て・な・し」をやたらと口にするようになりました。インバウンド誘客に力を入れる自治体関係者も同様です。

しかし、日本を観光旅行しようとする外国人観光客が訪問地を選ぶ基準に「お・も・て・な・し」はありません。外国人観光客は、
・観たい
・したい
ものがあるところを訪れます。「お・も・て・な・し」はあれば尚可くらいです。

われわれがイタリアやフランスを観光しようとする時に、どこを訪れるかを考えてみれば当然のことです。「北イタリアのブレシアに宿泊すればイタリアNo.1のおもてなしが受けられます」という宣伝文句を聞いて、ブレシアを訪れよう、泊ろうという日本人はほぼ皆無でしょう。北イタリアを観光旅行する日本人の大部分はミラノ、ベネチア、トリノに泊ります。日帰りでもブレシアを訪れる日本人観光客はほとんどいません。ミラノ、ベネチア、トリノには街の景観、文化財など日本人観光客の観たいものがあり、買い物、オペラ観劇、サッカー観戦などのしたいことがあるからです。

☆外国人向けコンテンツを一から創造するのは難しい

ないなら創ればいいでしょう、と言われそうですが、これがなかなか難しい

観光庁の調査によれば、外国人観光客が日本を訪れる目的は、①食事 ②ショッピング ③自然や景勝地の観光 ④街歩き ⑤温泉 です。

これに対応したコンテンツがあることが外国人観光客誘致の最低条件です。①②は、「その地方にしかない」ものが食べられるか、買えるかということです。全国津々浦々多くの温泉があることを考えると⑤も同様でしょう。これらを外国人観光客を狙って新たに造り出せるでしょうか?

確かに、観光客をターゲットにした施設などを新たに作って誘客に成功した事例は存在します。

伊勢神宮の前に江戸から明治期の伊勢路の建築物を移築などで再現して観光名所にした、あるいは、空港近くにショッピングモールを作って、爆買いの外国人観光客を招き寄せた、といった成功例はあります。

将来も、海外で人気になった映画、アニメ、ドラマのロケ地が突如、外国人の人気スポットになることはありえますが、狙って作れるものではありません。

つまり、

☆インバウンドで地方創生するには今あるコンテンツを商品化、カスタマイズする

しかないのです。

自然の景観に恵まれているところ、外国人が惹かれそうな古い街並みが残っているところ(例:京都、白川郷、川越)は現状を保全する努力が重要で、商品化・カスタマイズは説明資料(紙、ネット)と案内標識の多言語化、ガイドの養成くらいでしょう。

商品化、カスタマイズの例としては、

☆郷土料理を外国人向けにアレンジして提供するレストラン

☆地元の工芸品作りの体験教室

☆古くからある酒蔵巡りツアー

☆里山を巡るサイクリングツアー

といったことは実際に取り組まれています。

海外に向けてのプロモーションや、案内標識の多言語化に金をかける前に、その地方に外国人向けに提供できるコンテンツがどれだけあるかを棚卸し、それを外国人向けに商品化、カスタマイズする計画を立て、実際にやってみることが必要です。

外国人向けカスタマイズして提供できるコンテンツがない地方は、インバウンドによる地方創生は諦めるしかないのも現実です。

長らく日本の国土政策の基本理念となってきた「国土の均衡あり発展」をインバウンド観光に適用しようとするのは大間違いです。外国人観光客が楽しめるコンテンツがあって初めて地方に外国人観光客を誘致するプロモーションができるのです。